2020.08.11 11:34不協和音 第5話「あの人カッコ良くない?誰待ってるんだろ」 クラスメイトの声にスマホから意識が離れた。メッセージを送った相手からは既読のみが付けられて、待てども返事は一向に来ない。そのことによる苛立ちと彼女でもないのにという自己嫌悪で溜息を零していた。 もしかして、といった淡い期待は身体に毒である。その男は、もしかして、なんていう毒を相手にいつの間にやら仕込んで、じゅくじゅ...
2020.06.29 15:41不協和音 第4話 右手と左手の皺が重ならない。眉目秀麗の男がそう言ったら、隣の男は表情一つ変えずに「そんなもんだろ」と墓前で煙草に火を付けた。ニコチンのみならずタールすらも中毒症状を起こしているその男の肺は、美人な男の黒髪よりも真っ黒く染まっているに違いない。「勝手に人の墓参りについて来ておいて、線香でもなく煙草をあげるつもり?」「やるかよ。これは俺のもんだ」 知らねえババ...
2020.06.17 13:07ワンピースが嫌いになった日───傷心中に夜景デートとか余計心抉られない? お先に目の前に広がる夜景を眺めていた俺の隣にそいつは腰掛けた。こんな甘ったるい匂いしてたっけ?そんな疑問は不躾だろうか。だってここ数年はずっと、優しい柔軟剤の香りだったから。「うん、抉られてる。よく分かってんね」「しかもフラれた後によく過去の元カノをデート誘うよね。案外元気とか?」「そう見える?」 俺には見えま...
2020.06.15 23:46不協和音 第3話 グォングォンと鈍い轟音と低気圧により後頭部に響く頭痛の何が違うのだろう。たいして変わりないんじゃないか?吐き出す煙を今か今かと美味しそうに呑み込んでいく換気扇に尋ねそうになった。しなかったのは、ガチャリと玄関のドアが開閉した音が廊下から聞こえたからだ。 声がせずとも分かる、その後の数秒の沈黙の時間。入ってきた人物も、その人物が考えたことも、リビ...
2020.06.15 10:59蜜柑と彼女 今から僕は、少し不思議で、だけど魅惑的なある女の子と蜜柑の話をしようと思う。それは僕が学生の頃の話だ。 確かに、そこの家の塀は150センチ程度と決して高くない。そのくせ道路まで伸びて狭い道路を占領している大きな蜜柑の木は、登下校する学生からよく邪魔がられていた。 それでも、鮮やかなオレンジ色の果実がぷくりと幾多も実れば、風に乗って蜜柑の匂いを歩行者に届けて...
2020.06.14 20:00不協和音 第2話「へーえ。お兄に気持ちバレてたんだ?」「いつ俺がお前の兄のことが好きってことになったのか聞かせてくれ」 腕を後ろに回してブラジャーのホックを止める後ろ姿は、どんな女でもある程度色気が増すんじゃないだろうか。ここでいう目の前の女、もとい繁光の妹も赤ん坊の頃から知っていても女らしさが垣間見えた。しなやかなラインは猫のよう。高飛車な猫。猫を被る猫。化け猫みたいな女...
2020.06.14 17:50愚すは矮小 私は今、筆を取り文字を認め思考を巡らし机に向き合っているが、果たしてそれに何の意味があろうか。この行為というものが一体どれほどの価値があり、どれほどの意味を持ち得ようか。ふと思った。 小説家になるための才能が開花するやもしれん。将又精神統一として心の波を鎮め宗教に似た何かが得られるやもしれん。 ここでまた思考を巡らす回路が増えたことで渋滞気味であった巡りは...
2020.06.14 17:4950メートル先の話 僕等は横一列で律儀に並び、爪先をほんの少しだけ開いて踵を合わせていました。 履き慣れたローファーは、今日の為に家の者の誰かが磨いたのか太陽の光を浴び輝いていましたが、隣の彼女のローファーは光沢無くくすんでいて、ですが僕にはそれが何故かどの靴よりも高価なものに見えました。 雑踏の中こんなにも姿勢良く、且つ2人で寸分の狂いもなく隣に立っているのは見回した限り僕...
2020.06.14 16:29不協和音 第1話「あのさ、」と突然言葉を切り出したのは向かいの男だった。 ファーストフード店の一角のテーブル席、窓から見える景色は雨。いつも以上に交差点は人だけにとどまらない騒がしさに包まれていた。 貪り食うハイエナのように。頬張っていたハンバーガーから顔を上げて、頬袋からパン屑がこぼれ落ちないよう気をつけながら相槌を打つ。相槌といっても目を合わせる程度だ。向か...